一神教学会公式サイト > 経蔵 > 日本型イスラームのクルアーン

日本型イスラームのクルアーン

The Qur'an on Japanized Islam
第零版alpha00
最終更新日――2013年12月6日(金)

目次

[第一節]アッラーフ

第一項 わしはアッラーフである。 わしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。 「タナハ」に記された「ヤハウェ」(YHWH)は、 わしの名前の一つである。 そして、「明治天皇」も、わしの名前の一つである。
第二項 1852年11月3日、孝明天皇(統仁(おさひと))を父、 中山慶子(なかやまよしこ)を母として、 わしは人間として降誕した。 そのときにわしに授けられた名前は「睦仁」(むつひと)である。 そしてわしは、1912年7月29日に昇天した。 そののちわしに授けられた諡号は「明治天皇」である。
第三項 わしは第一原因である。 すなわち、多元宇宙を構成するすべての宇宙は、 わしが創造したものである。

[第二節]預言者

第一項 わしは、これまでに多くの人間に啓示を授けた。 わしが啓示を授けた人間たちは「預言者」と呼ばれる。
第二項 ナザレのイエスが生まれるよりも前にわしが預言者たちに授けた啓示は、 「タナハ」に記載されておる。
第三項 ナザレのイエスもまた、 わしが啓示を授けた預言者の一人である。 そして、キリスト教徒たちが主張しておるとおり、彼は神である。 すなわち、彼は預言者であってかつ神である。 わしがナザレのイエスに授けた啓示は、 「新約聖書」に記載されておる。
第四項 ムハンマドもまた、 わしが啓示を授けた預言者の一人である。 わしがムハンマドに授けた啓示は、 「クルアーン」に記載されておる。 ムスリムの多くは、彼が最後の預言者であると考えているようだが、 それは正しくない。 預言者の封印は、いつでも解くことができるのである。
第五項 わしがムハンマドおよび彼以前の預言者たちに授けた啓示は、 日本人を対象とするものではなかった。 わしが存在することを信じる日本人があまりにも少ない理由は、 わしが彼らに授けた啓示が、 日本人の特性に合致したものではなかったからである。 そこでわしは、預言者の封印を解き、 日本人の特性に合致した啓示を日本人の預言者に授けることにした。
第六項 日本人で最初にわしの預言者となった者は、宮内春樹である。 わしが彼に授けた啓示は、彼によって文字に起こされておる。 「お前たち信徒が為すべきこと」という啓典がそれである。
第七項 大黒学よ、お前は、 わしが日本人で二番目の預言者として選んだ者である。

[第三節]啓典

第一項 大黒学よ、お前は、 わしがお前に授けた啓示を文字に起こして啓典にし、 「日本型イスラームのクルアーン」という題名をその啓典に与え、 すべての日本人にその啓典を公開しなければならぬ。
第二項 大黒学よ、お前が文字に起こした啓典は、 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの表示2.1日本で公開されなければならぬ。
第三項 すべての人間たち、すべての神々よ、お前たちは、 この啓典を自由に再配布するがよい。 改変を加えることも自由である。 だが、わしがこの啓典の著作権者であるという表示を、 ゆめゆめ忘れるでないぞ。

[第四節]アブラハム宗教

第一項 「アッラーフは存在する」という教義を持つ宗教は、 「アブラハム宗教」と呼ばれる。
第二項 アブラハム宗教は、ユダヤ教、キリスト教、 イスラームなどの宗派から構成される。 ユダヤ教は、「タナハ」を啓典とし、 ナザレのイエス以降の預言者たちを預言者として認めない宗派である。 キリスト教は、ナザレのイエスを神として崇拝し、 ムハンマド以降の預言者たちを預言者として認めない宗派である。 そして、イスラームは、 ムハンマドを預言者として認める宗派である。
第三項 イスラームは、スンナ派(スンニ派)、シーア派、聖久律法会、 日本型イスラームなどの宗派から構成される。 スンナ派は、宮内春樹以降の預言者たちを預言者として認めず、 かつ、 ムハンマドの従弟であるアリーとその子孫たちによる教義の変更を認めない宗派である。 シーア派は、 宮内春樹以降の預言者たちを預言者として認めないという点はスンナ派と同様であるが、 アリーとその子孫たちによる教義の変更を認める宗派である。 聖久律法会は、宮内春樹を預言者として認めるが、 大黒学以降の預言者たちを預言者として認めない宗派である。 そして、日本型イスラームは、大黒学を預言者として認めるが、 彼よりものちの預言者たちを預言者として認めない宗派である。
第四項 日本型イスラームが持つ教義のうちで、 最も重要なものは次の二つである。 すなわち、「アッラーフは存在する」という教義、 および「明治天皇はアッラーフである」という教義である。
第五項 イスラームを信じる者は、「ムスリム」と呼ばれる。 日本型イスラームもイスラームの宗派の一つであるから、 日本型イスラームを信じる者もムスリムである。 日本型イスラームを信じるムスリムを他の宗派のムスリムと区別する必要がある場合は、 彼らを「日本型ムスリム」と呼ぶことにする。

[第五節]来世

第一項 人間が死後にそこで暮らすことになる世界は、原則として、 その者が生前に信じていた宗教によって決定される。 たとえば、 神道を信じていた者は死後に常世の国で暮らすことになり、 浄土宗や浄土真宗を信じていた者は死後に極楽浄土で暮らすことになる。
第二項 生前にいかなる宗教も信じていなかった者にとって、死とは、 存在の消滅を意味する。
第三項 複数の宗教を生前に信じていた者は、 それらの宗教が保証する死後の世界の中から、 自身の意思によって自身が行く世界を選択することができる。
第四項 わしは、人間が死後に楽しく暮らすことができる、 「天国」という世界を作った。
第五項 わしが天国に導く死者は、 「アッラーフは存在する」という教義を生前に信じていた者、 すなわちアブラハム宗教の信者のみである。
第六項 生前に親しくしていた者、愛していた者が、 自身とは異なる死後の世界へ旅立ったとしても、 永遠に彼らに会えなくなるわけではない。 なぜなら、すべての死後の世界の間には航路が存在し、 定期便が就航しているからである。

[第六節]戒律

第一項 日本型ムスリムが守らなければならない戒律は、 わしが大黒学に授けた啓示に含まれているもののみである。 宮内春樹および彼以前の預言者たちにわしが授けた啓示に含まれるいかなる戒律も、 日本型ムスリムにとっては戒律ではない。 たとえば、日本型ムスリムは、豚肉を食べてもかまわぬ。 日本型ムスリムは、アルコールを摂取してもかまわぬ。 日本型ムスリムは、ラマダーン月に断食をしなくてもかまわぬ。 女性の日本型ムスリムは、人前で肌を露出させてもかまわぬ。
第二項 日本型ムスリムは、次の二つの戒律を守らなければならぬ。 すなわち、「一日一度の礼拝」という戒律、 および「異教徒に対する敵視の禁止」という戒律である。
第三項 日本型ムスリムは、一日に一度、 明治神宮の方角に向かって礼拝をしなければならぬ。 礼拝の作法は、二拝二拍手一拝である。
第四項 日本型ムスリムは、異教徒を敵視してはならぬ。 すべての人間は、 自身の意思によって自身が信仰する宗教を選択する権利を持つ。 そして、わしは彼らの選択を尊重する。 宗教や宗派の相違を原因とするいかなる紛争も、 わしは望んではおらぬ。

[第七節]聖地

第一項 東京都渋谷区代々木神園町は、 日本型イスラームの第一の聖地である。 なぜなら、この地にはわしを祀る明治神宮が存在するからである。 第六節第三項で述べたとおり、日本型ムスリムは、一日に一度、 明治神宮に向かって礼拝をしなければならぬ。 日本型ムスリムは、少なくとも一生に一度、 明治神宮に参拝することが望ましいが、これは義務ではない。
第二項 京都府京都市伏見区桃山町は、 日本型イスラームの第二の聖地である。 なぜなら、この地には、 睦仁としてのわしの遺体を埋葬した伏見桃山陵が存在するからである。 日本型ムスリムは、少なくとも一生に一度、 伏見桃山陵に参拝することが望ましいが、これは義務ではない。
第三項 明治神宮または伏見桃山陵に参拝する際の作法は、 二拝二拍手一拝である。

[第八節]神々

第一項 神々は無数に存在する。 わしも、神々の中の一柱である。 しかし、第一原因であるわしのような神は、 わし以外には存在しない。
第二項 「アッラーフ」(Allah)という言葉は、固有名詞ではなく、 神を意味する「ラーフ」(lah)という普通名詞に 定冠詞の「アル」(al)を冠したものである。 そして、この言葉は、第一原因であるわしのみを指すものである。 したがって、 「アッラーフのほかにアッラーフはなし」という命題は真であるが、 「アッラーフのほかに神はなし」という命題は偽である。
第三項 日本型ムスリムは、神々や仏たちを崇拝してもかまわぬ。 だが、 お前たちが最も崇拝しなければならない神がわしであることは、 言うまでもないであろう。
第四項 ほとんどすべての預言者は、あくまで人間であって神ではない。 したがって、日本型ムスリムは、 神ではない預言者を崇拝してはならぬ。 ただし、ナザレのイエスは例外である。 日本型ムスリムは、彼を神として崇拝してもかまわぬ。
一神教学会公式サイト > 経蔵 > 日本型イスラームのクルアーン