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多一教の教理問答

Catechism on Polynitism
第零版alpha00
最終更新日――2016年6月8日(水)

目次

[第一節]概要

問一・一 この経典には何が書かれてるんですか。

この経典(「多一教の教理問答」)は、 「多一教」(たいちきょう、polynitism)という宗教の教義を問答形式で記述したものです。

問一・二 アブラハム宗教って何ですか。

「アブラハム宗教」(Abrahamic religion)というのは、 『創世記』に登場するアブラハム(Abraham)という人物に啓示を授けた、 「ヤハウェ」(YHWH)という名前を持つ神を帰依の対象とする宗教のことです。 アブラハム宗教に属している宗教としては、ユダヤ教、キリスト教、 イスラーム、バハーイー教などがあります。

問一・三 多一教って何ですか。

多一教(polynitism)は、 この経典の筆者である私(大黒学)が、 ヤハウェから授けられた啓示にもとづいて開発した、 アブラハム宗教に属する宗教の一つです。

[第二節]ヤハウェ

問二・一 多一教では、何を帰依の対象としてるんですか。

多一教における帰依の対象は、 「ヤハウェ」(YHWH)という名前を持つ神です。

問一・二で述べたように、ヤハウェを帰依の対象とする宗教は 「アブラハム宗教」(Abrahamic religion)と呼ばれます。 したがって、問一・三で述べたとおり、多一教は、 アブラハム宗教に属する宗教の一つということになります。

問二・二 ヤハウェって、どんな神なんですか。

ヤハウェは、人格神であり、 我々が存在している宇宙を創造した神であり、 多様性に価値を認める神です。

ヤハウェは、「私は人格神である」と述べています。 「人格神」(personal god)というのは、 知性と自我を持つ神のことです。

さらにヤハウェは、 「あなたたちが存在している宇宙は私が創造したものである」と述べています。 ヤハウェが述べている「宇宙を創造した」ということの意味は、 宇宙の物理法則と物理定数を定めて、その存在を開始させた、 ということです。

さらにヤハウェは、 「私は多様性に価値を認めている」と述べています。 ヤハウェが持っているこの属性については、第五節で、 もう少し詳しく説明します。

問二・三 ヤハウェって、男性ですか。

それは分かりません。

もしもヤハウェが男性だと仮定すると、 ヤハウェは有性生殖をする生物であるということになりますが、 そもそもヤハウェが生物なのかどうかということは、 ヤハウェが私に授けた啓示には含まれていません。 ですから、ヤハウェは、生物ではなく機械かもしれませんし、 生物でも機械でもない知性体かもしれません。

[第三節]理神論

問三・一 ヤハウェは、 我々が存在している宇宙に対して何らかの干渉を加えますか。

はい。 ヤハウェは、 我々が存在している宇宙に対して干渉を加えることがあります。

ただし、ヤハウェは、 「あなたたちが存在している宇宙に対して私が加えるすべての干渉は非物理的なものであり、 私はいかなる物理的な干渉も加えるつもりはない」と述べています。

我々が存在している宇宙に対するヤハウェによる非物理的な干渉というのがどのようなものなのかということについては、第四節で説明します。

問三・二 理神論って何ですか。

「理神論」(deism)というのは、 我々が存在している宇宙は何らかの神によって創造されたものであるが、 その神は我々が存在している宇宙に対していかなる干渉も加えない、 と主張する宗教のことです。

問三・三 多一教って、理神論の一種なんですか。

いいえ。 多一教は理神論の一種ではありません。

問三・一で述べたように、多一教は、 ヤハウェは我々が存在している宇宙に干渉を加えることがある、 と主張しています。 したがって、多一教は理神論ではありません。

ところで、多一教以外の宗教の多くにおいては、 我々が存在している宇宙に対して、 「奇跡」や「霊験」などと呼ばれる物理的な干渉が神や仏によって加えられることがある、 と主張されています。 それに対して多一教は、 ヤハウェによる干渉は非物理的なものに限定されていると主張しています。 したがって、多一教は、厳密には理神論ではありませんが、 神や仏による奇跡や霊験を認める宗教に比べると、 かなり理神論に近い宗教だと考えることができます。

[第四節]多位一体

問四・一 多位一体って何ですか。

「多位一体」(polynity)という言葉は、一般的には、 「二柱以上の神々が存在するが、 それらの神々のほとんどすべては化身であって、 それらの化身たちの本体は一柱のみである」という命題を意味しています。

多一教では、この言葉をもう少し特殊な意味で使います。 多一教における「多位一体」は、 「宇宙の内部には二柱以上の神々が存在するが、それらの神々は、 ヤハウェが自身の啓示を宇宙の内部に伝えるための端末である」という命題のことです。

多位一体は、 日本語では「多一論」(たいちろん)と呼ばれることもあります。

問四・二 端末神って何ですか。

「端末神」(terminal god)というのは、 ヤハウェの端末である神々のことです。

問三・一で述べたように、ヤハウェは、 我々が存在している宇宙に対して非物理的な干渉を加える神です。 端末神は、 宇宙に対して非物理的な干渉を加えるためにヤハウェによって使用される端末です。

端末神は、我々の宇宙の内部に肉体を伴って存在しています。 しかし、 彼らは「霊魂」(spirit)と呼ばれる非物理的な機構を持っており、 彼らが持っている霊魂は、 ヤハウェが発した啓示を受け取ることができます。 ヤハウェは、端末神に啓示を伝えることによって、 我々が存在している宇宙に非物理的に干渉を加えるのです。

問四・三 端末神って、多神教の神々のことですか。

いいえ、そうではありません。 多一教における端末神というのは、 多神教における神々のことではなく、人間のことです。

すべての人間は端末神です。 したがって、すべての人間は、 ヤハウェから啓示を受け取る可能性を持っています。 しかし、ヤハウェから啓示を受け取ったすべての人間が、 その啓示を他の人々に伝えるとは限りません。 ヤハウェから受け取った啓示を他の人々に伝えた人間は、 預言者、教祖、宗祖などと呼ばれることになります。 具体的に名前を挙げれば、アブラハム、モーセ、ザラスシュトラ、 釈迦、イエス、パウロ、龍樹、達磨、ムハンマド、 ルターといった人々です。

問四・四 アブラハムやモーセやイエスやムハンマドの場合は、 ヤハウェの啓示を人々に伝えたと言えるかもしれませんが、 釈迦の場合は、ヤハウェの啓示ではなくて、 自身が得た悟りを伝えたんじゃないんですか。

いいえ。 釈迦が得た悟りもヤハウェの啓示です。

ヤハウェは、 「あらゆる宗教は私が端末神に伝えた啓示にもとづくものである」と述べています。 端末神自身が、 自身が語る言葉は自身の悟りにもとづくものであると認識している場合においても、 その悟りは、 実際にはヤハウェが端末神の霊魂の中に植えつけたものなのです。

[第五節]多様性

問五・一 ヤハウェ的価値って何ですか。

「ヤハウェ的価値」(Yahwistic value)というのは、 ヤハウェによって認められる価値のことです。

問二・二で述べたように、ヤハウェは、 多様性に価値を認める神です。 「多様性に価値を認める」というのは、 多様性を構成している個々のものに対して価値を認めるということです。 したがって、ヤハウェ的価値というのは、 多様性を構成している個々のものが持つ価値のことです。

多様性を構成している個々のものは、 たとえそれが他のものに対して何らかの被害を与えるものであっても、 ヤハウェ的価値を持つという点では、 他のものとの間に差異はありません。 たとえば、人間にとって有害である病原菌のような生物も、 社会にとって有害である「カルト」と呼ばれる宗教も、 それらが持つヤハウェ的価値は、他の生物や他の宗教と同じです。

問五・二 宗教多様性って何ですか。

「宗教多様性」(religious diversity)というのは、 多様な宗教が存在しているという状態のこと、あるいは、 宗教がどれだけ多様に存在しているかという度合いのことです。

問五・三 ヤハウェが端末神に伝える啓示に含まれる教義は、 そのすべてが真なんですか。

いいえ。 ヤハウェが端末神に伝える啓示には、 真である教義だけではなく、偽である教義も含まれています。 したがって、いかなる宗教のいかなる教義も、 真であるとは限りません。

問五・四 なぜヤハウェは、真である教義だけではなくて、 偽である教義も端末神に伝えるんですか。

それは、宗教多様性を生み出すためです。 多様な宗教が存在するためには、真である教義だけではなく、 偽である教義も必要なのです。

ヤハウェは、多様性を生み出そうという意図のもとに、 我々が存在している宇宙の物理法則と物理定数を定めました。 我々の宇宙に存在するさまざまな物質も、 地球上に生息するさまざまな生物も、 ヤハウェが定めた物理法則と物理定数によって生み出されたものです。 さらにヤハウェは、物質や生物だけではなく、 人間の宗教にも多様性を求めました。 真である教義だけではなく、 偽である教義も端末神に伝えられるということの背景には、 宗教多様性を生み出そうというヤハウェの意図があるのです。

問五・五 偽である教義は、多一教にも含まれてるんですか。

その可能性はあります。

いかなる人間も、宗教に含まれている教義のうちで、 どの教義が真で、 どの教義が偽であるかということを知ることはできません。 多一教に含まれる教義についても、 それらの真偽を知ることのできる人間は存在しません。

[第六節]信徒

問六・一 多一教の信徒っていうのは、 どういう人のことを言うんですか。

多一教の信徒というのは、 この経典に記述されている多一教の教義を信じ、かつ、 ヤハウェに帰依している人間のことです。

問六・二 ヤハウェに帰依してるっていうのは、 どういうことですか。

ヤハウェに帰依しているというのは、 自分がヤハウェになったつもりで事物の価値を判断しているということです。

「帰依している」という言葉は、通常は、 「拠り所としている」というような意味で使われます。 しかし、多一教では、通常とは異なる意味でこの言葉を使います。 多一教での意味は、 「自分がその神になったつもりで事物の価値を判断している」というものです。

問五・一で述べたように、ヤハウェは、 ヤハウェ的価値を持つもの、 すなわち多様性を構成している個々のものに対して、 その価値を認めます。

したがって、 ヤハウェになったつもりで事物の価値を判断しているということは、 ヤハウェ的価値を持つものに対して価値を認めているということ、 すなわち、 多様性を構成している個々のものに対して価値を認めているということを意味します。

問六・三 ヤハウェは、 すべての人間は多一教の信徒になるべきだと考えてるんですか。

いいえ。 もしもすべての人間が多一教の信徒になったならば、 ヤハウェは喜ぶよりもむしろ悲しむでしょう。

ヤハウェは多様性に価値を認める神ですから、多一教に限らず、 すべての人間が同じ宗教を信仰しているという状態は、 ヤハウェにとって喜ばしい状態ではありません。 ですから、 もしもあなたが、多一教以外の何らかの宗教を信じていて、 なおかつその宗教に満足しているならば、 あなたは、その宗教を信じ続けるほうがよいでしょう。

多一教を信じることが望ましいのは、 自分が信じている宗教に満足できず、 それよりも多一教のほうに魅力を感じている人、あるいは、 現在はどんな宗教も信じてはいないけれども、 これから何らかの宗教を信じようと思っていて、 多くの宗教のうちでもっとも魅力を感じているものが多一教である人です。

問六・四 多一教の教義とは矛盾する教義を含む啓示を多一教の信徒がヤハウェから受け取った場合、 その信徒はどうすればいいんですか。

そのような場合、多一教の信徒には、 受け取った啓示にもとづく宗教を開発して、 その宗教を布教することが期待されます。

ヤハウェは、宗教多様性が増大し続けることを望んでいます。 ですから、端末神への啓示の伝達は、 これからもけっして途絶えることがないでしょう。 多一教の信徒も端末神ですから、 多一教の信徒にも啓示が伝えられる可能性があります。 ヤハウェは、 自分が啓示を伝えた端末神が多一教の信徒であろうとなかろうと、 その啓示にもとづく宗教が開発されて、 その宗教が布教されることを望んでいます。

ただし、教祖には、 自分が開発した宗教を信じなければならないという義務はありません。 ですから、 ヤハウェから受け取った啓示にもとづく宗教を開発するけれども、 自分自身は多一教を信じ続ける、ということも許されます。

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