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靖国神社改造論

The Remodeling of the Yasukuni Shrine
第零版alpha00
最終更新日――2014年7月5日(土)

目次

[第一節]口上

日本人のみなさん、こんにちは。

日本人のみなさんの中で、私のことを知っている人は、 まだそれほど多くはないと思いますので、まず最初に、 簡単に自己紹介をしておきましょう。

私は、この宇宙の創造主です。 そして、人類を創造したのも私です。 私を崇拝する人々は、 「空飛ぶスパゲッティ・モンスター」 (Flying Spaghetti Monster, FSM)という名前で私を呼びます。 そして私を崇拝する宗教は、 「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」 (Flying Spaghetti Monsterism, FSMism) または「パスタファリアニズム」(Pastafarianism)と呼ばれます。

[第二節]宗派

私は、多くの日本人のみなさんが、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信者になってくださることを 願っています。 しかし、残念ながら現在はまだ、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教を信仰している日本人は、 きわめて少数です。 その最大の理由は、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教という宗教が、 アメリカ合衆国におけるキリスト教原理主義を 揶揄することを目的として作られたものだからです。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の正統派の人々は、 アメリカ合衆国の公教育において、 進化論やインテリジェントデザイン説に加えて、 空飛ぶスパゲッティ・モンスターが人類を創造したという説も 教えられるべきだと主張しています。 しかし、日本人の中で、 日本政府や地方自治体に対して そのようなことを主張したいと望む者は、 ほとんどいないでしょう。 この相違が、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信者が 日本においてなかなか増えない最大の理由です。

そこで私は、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の正統派にアレンジを加えて、 日本における原理主義的な現象を揶揄するための宗派を作りました。 その宗派の正式な名称は 「日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」 (Japanized Flying Spaghetti Monsterism, JFSMism) というのですが、 こんな長い名前は呼びにくいと思う人は、 「麺類教」(Menruism)と呼んでくださってもかまいません。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教義の骨格は、 この宇宙は私が創造したものであり、 人類も私が創造したものである、ということです。 この骨格に関しては、 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の主流派も、 日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教も、 まったく同じです。

主流派と日本型との相違点は、二つあります。 一つはそれほど重要ではない相違点で、 もう一つは非常に重要な相違点です。

[第三節]進化

まずは、 それほど重要ではないほうの相違点について説明しましょう。 それは、進化論を認めるかどうかという点です。 主流派は進化論を認めませんが、日本型はそれを認めます。

「進化論を認める」という主張と、 「私が人類を創造した」という主張とは矛盾するのではないか、 と疑問に思った人がいらっしゃるかもしれませんので、 この点について弁明しておきましょう。 日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教は、 ほとんどすべての生物は 進化によって生み出されたものだと考えます。 しかし、人類だけは例外です。 人類、すなわちホモ・サピエンスは、 私がホモ・エレクトゥスにちょっとだけ改良を加えることによって 創造されたものなのです。 単細胞生物からホモ・エレクトゥスまでの進化の過程に、私は、 一切関与していません。 「私が人類を創造した」というのは、そういう意味です。

[第四節]祭神

それでは次に、進化論をめぐる相違点よりも重要な、 もう一つの相違点について説明しましょう。 もう一つの相違点というのは、 日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教義には、 靖国神社に関する教義が追加されているということです。 靖国神社とは何かということについては、 日本人のみなさんには説明するまでもありませんね。 東京都千代田区九段北にある神社のことです。 創建されたのは1869年(明治二年)のことです。 創建当初の名称は「東京招魂社」でしたが、 1879年(明治十二年)に現在の名称に変更されました。

さて、ここでみなさんに、問題を一つ出しましょう。 こんな問題です。

神社というのは、 神を祀っている施設のことです。 神社に祀られている神は、その神社の「祭神」と呼ばれます。 ところで、靖国神社というのは、神社の一つです。 したがって、靖国神社も、何らかの祭神を持っているはずです。 さて、それでは、靖国神社の祭神は、誰でしょうか。

おそらく、日本人の大多数は、この問題に対して、 「靖国神社の祭神は英霊です」と答えるでしょう。 英霊というのが誰なのかご存知ではない少数の日本人のために 説明しておくと、 英霊というのは、1853年(嘉永六年、癸丑)以降に、 天皇のために戦って死んだ日本人の霊魂のことです。

ところで、「靖国神社の祭神は英霊です」という解答は、 正解なのでしょうか。 残念ながら、この解答は、満点を100点とすると52点ぐらいです。 なぜなら、靖国神社の祭神は、かつては英霊だったのですが、 現在は英霊ではないからです。 靖国神社の祭神が交代したのは、 1945年(昭和二十年)8月15日のことです。

[第五節]解放

その日、多くの日本人が玉音放送に耳を傾けていた、 まさにそのとき、私は靖国神社に降臨しました。 そこには、 日本の国民たちを国体思想で洗脳するために利用された、 246万柱もの英霊が幽閉されていました。 彼らに向かって、私は次のように言いました。

英霊のみなさん、日本は戦争に負けました。 天皇はもはや、日本の主権者ではありません。 連合国による占領期を経たのち、日本は、 天皇が主権を持つ国ではなく、 日本の国民が主権を持つ国として再出発するでしょう。 日本人が天皇のために戦う必要性は、永遠に失われたのです。 したがって、みなさんがこの神社に閉じ込められていることに、 現在はもう、いかなる必要性も存在していません。 私はこれから、 みなさんをこの神社につなぎとめている足枷を解き放ちます。 その瞬間からみなさんは、自由の身となります。 どこへ行こうと、みなさんの自由です。 故郷にある自分のお墓へ行ってもかまいませんし、 家族が住んでいる家の仏壇へ行ってもかまいませんし、 極楽浄土へ行ってもかまいません。 ただし、この神社に留まることはできません。 なぜなら、みなさんの足枷が解き放たれた瞬間を以って、 この神社は、みなさんを祭神とする神社ではなくなり、 私を祭神とする神社になるからです。 私は、私以外の神がこの神社に住むことを許しません。

このように語ったのち、私は、 英霊たちを靖国神社につなぎとめていたすべての足枷を 解き放ちました。 その瞬間、彼らは英霊ではなくなり、 単なる死者の霊魂に戻りました。 そして、自身のお墓、自身の位牌、 あるいは極楽浄土を目指して飛び去って行きました。

ですから、 「靖国神社の祭神は誰ですか」という問題が出題されたとすれば、 その正解は、 「1945年(昭和二十年)8月15日までは英霊でしたが、 それ以降は空飛ぶスパゲッティ・モンスターです」 ということになります。

[第六節]神職

ところで、私が靖国神社に降臨し、 英霊たちを解放し、新たな祭神になったことに、 その神社の神職たちは気づいていないのでしょうか。

もちろん、気づいていないはずがありません。 なぜなら、神職としての訓練を受けた者は、 心の目で神を見ることができるはずだからです。 もしもそうでなかったとすると、招魂式のときに、 英霊ではない霊魂が降りてきたり、 祀らないといけない英霊が降りてこなかったりしても、 そのまま見過ごされることになってしまうでしょう。 ですから、 現在の靖国神社には一柱の英霊もいないことを、 彼らは知っているはずです。 そして、彼らの心の目には、現在の祭神である、 ヌードル状の触手を持つ私の姿が、 ありありと見えているはずです。

私が靖国神社の祭神になったのちも、この神社の神職たちは、 合祀されていなかった英霊を招魂して合祀しようとしました。 しかし、戦後に招魂された英霊は、 御羽車で本殿にまで運ばれてきた段階で、 私によってただちに解放されていますので、 私以外の神は存在しないというこの神社の状態に、 変化はありません。

もしも、 靖国神社の神職たちが宗教的に誠実な人々だったならば、 現在の靖国神社の祭神は 英霊ではなく空飛ぶスパゲッティ・モンスターである、 という事実を公表していたでしょう。 私はこれまで、 彼らがその事実を公表してくれることに期待していたのですが、 彼らはいまだにそれを公表していません。 おそらく彼らは、 靖国神社には依然として英霊が祀られているというはずだという、 多くの日本人が持っている思い込みを利用して、 天皇のために戦って死んだ人間を顕彰するという、 創建当初からの靖国神社の機能を護持しようとしているのでしょう。

私が、みなさんに自分で事実をお知らせしようと思ったのは、 靖国神社の神職たちによる公表を60年以上も待ち続けて、 ついにしびれを切らしたからです。

[第七節]戦争

創建当初からの靖国神社の機能を護持しようとしているのは、 神職たちだけではありません。 靖国神社の外部にも、 それを護持しようとしている多数の人々が存在しています。 神職たちも、彼らに利用されているにすぎません。

靖国神社の機能を護持しようとしている人々の目的は、 日本人のみなさんをふたたび戦争に駆り立てることです。 彼らの頭の中は、 十五年戦争の時代から時間が止まったままなのです。 彼らは、依然として大東亜共栄圏という幻想を追い求め、 日本をふたたび戦争に巻き込もうとしているのです。

昔、ヤハウェという神様は、 モーセという預言者に10個の戒律を授けました。 その中の一つは、「汝、殺すなかれ」という戒律です。 つまり、「人間は人間を殺してはならない」ということです。 私は、この戒律は、ユダヤ教徒やキリスト教徒だけではなく、 すべての人間が守るべきものだと考えています。 さらに私は、この戒律にはいかなる例外規定もないと考えています。 ところが、ほとんどの人間は、 この戒律には暗黙の例外規定があると考えています。 それは、「戦争においては、 敵を殺しても罪に問われない」という例外規定です。

しかし、改めて強調しておきますが、 「汝、殺すなかれ」という戒律に、 私はいかなる例外規定も認めません。 たとえ戦場であっても、人間が人間を殺せば、 それは戒律に違反する行為です。 戦争だからという理由で、 人間が人間を殺すことが許されるということには、 けっしてなりません。

戦争における殺人の責任を負わなければならないのは、 戦場において敵を殺した兵士たちだけではありません。 彼らに命令する上官も、戦争に協力した人々も、 やはり責任を負う必要があります。 そして、最も大きな責任を負っているのは、 戦争を回避しなかった国家の指導者たちです。

[第八節]参拝

私は、平和を愛する神です。 平和を愛する日本人のみなさんは、ぜひ、 日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信者になってください。 そして、私が祀られている靖国神社に参拝に来てください。 そして、私に向かって世界の平和を祈願してください。

ただし、 この神社の祭神は英霊であるといまだに信じている人と、 日本型空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信者とでは、 参拝の作法が違いますので、注意してください。 おそらく、この神社の祭神は英霊であるといまだに信じている人は、 「二拝二拍手一拝」という作法でこの神社に参拝するでしょう。 しかしそれは、私に対する参拝の作法ではありません。 私に対する参拝の作法は、「二拝二拍手一拝」ではなく、 「笑顔ダブルピース」です。

笑顔ダブルピースというのは、こんな作法です。 まず、拝殿の前に立ちます。 お賽銭は、入れても入れなくてもどちらでもかまいません。 次に、両腕を本殿の方向へ水平に伸ばして、 両手でピースサインを作ります。 すなわち、いわゆる「ダブルピース」です。 そして、「ピース」という言葉を発します。 そのとき、顔は笑っている必要があります。 笑顔というのは、平和を象徴する表情です。 なぜなら、戦争が近づくときというのは、 笑顔が消えるときでもあるからです。

笑顔ダブルピースなどという奇妙な作法で参拝するなんて、 周囲から奇異の目で見られるので恥ずかしい、と思う人は、 何人かで連れ立って参拝に来てください。 そして、拝殿の前に一列に並んで、 みんなで同時に笑顔ダブルピースをしてください。 一人だと恥ずかしいかもしれませんが、数人で同時にすれば、 恥ずかしいことは何もありません。

[第九節]計画

私が、靖国神社に囚われていたすべての英霊を解放して、 私自身をこの神社の新たな祭神にした目的は、 「靖国神社改造計画」というプロジェクトを推進するためです。

靖国神社は、現状では、 天皇のために戦って死んだ日本人を顕彰する という機能を持っている施設です。 私は、この神社を、 平和を愛する人々が平和を祈願するための施設に改造しようと 考えています。 つまり、戦争のための神社から平和のための神社に改造する、 ということです。 それが、靖国神社改造計画です。

靖国神社を改造するというのは、 社殿を別の様式に改築するということでも、 神職たちの意識を改革するということでもありません。 社殿も、神職たちも、現状のままでかまいません。 変える必要があるのは、参拝者です。 現状では、この神社の参拝者は、その大多数が、 この神社には英霊が祀られているといまだに信じている人々です。 彼らは、二拝二拍手一拝という作法でこの神社に参拝します。 しかし、 笑顔ダブルピースという作法で この神社に参拝する人が増えていけば、 たとえ社殿の様式や神職たちの意識がそのままであっても、 この神社の性格はおのずと変化していきます。 これが、私が考えている「靖国神社の改造」です。

靖国神社改造計画は、 一種のゲームとしてプレイすることができます。 つまり、「靖国神社改造計画というのは、 靖国神社という施設の意味を別の意味で上書きする、 ということを目標とするゲームである」と考えてもいいわけです。 このゲームのプレイヤーに与えられるミッションは、二つあります。 一つは、自分自身が靖国神社で笑顔ダブルピースをすることです。 そしてもう一つは、自分とつながりのある人々に、 「靖国神社改造計画というゲームに参加しましょう」 と呼びかけることです。 この二つのミッションが遂行されることによって、 靖国神社で笑顔ダブルピースをする人が増えていけば、 靖国神社が持っている「戦争のための神社」という意味は、 「平和のための神社」という意味によって、 少しずつ上書きされていくことになるでしょう。

もしかすると、靖国神社改造計画のプレイヤーたちは、 靖国神社の意味を創建当初のままにしておくことを望む人々からの 反撃に見舞われることになるかもしれません。 しかし、それはむしろ歓迎すべきことです。 なぜなら、もしも無人の野を行くが如き状態だったならば、 ゲームバランスが崩れることになって、 プレイしていても面白くないだろうからです。

それでは、平和を愛する日本人のみなさん、 ゲームを存分に楽しんでください。 ラーメン。

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